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福岡高等裁判所 昭和41年(く)39号 決定 1966年8月11日

少年 M・T(昭二四・一二・一二生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の要旨は、原裁判所は昭和四一年七月二二日少年に対し初等少年院に送致する旨の決定をしたが、非行事実は少年が昭和四一年六月○○日○本○次方において煙草ハイライト一個およびワイシヤツのカフスボタン一組を窃取した軽微な事件で被害品は所有者に還付されていて実害もない。この事件の動機は少年が同年六月二日久留米簡易裁判所において道路交通法違反事件(無免許運転)について言渡された罰金二三、〇〇〇円を親兄姉等の世話にならないで納付するための金策に窮したためである。少年は業務については誠実に処置しこれを使役する実兄○が全幅の信用をしており、素行についても少年は兄○から受領する毎月の給料はそのまま母M・M子に渡し、二、〇〇〇円の小遣いをもらつているほどで問題はないし、少年の住居の近くに居住する市会議員○川○夫が少年の補導を申し出ている状況であるので、少年に対する処分としては保護観察に付するをもつて相当と思料する。原裁判所が少年を初等少年院に送致する決定をしたことはその処分著しく不当というべきである。よつて原決定を取り消し相当の裁判を求める、というのである。

よつて、本件少年保護事件記録および少年調査記録を検討すると、福岡少年鑑別所の少年についての鑑別結果通知書によれば専門の在宅保護の判定がなされており、調査者意見もまた保護観察処分の意見であることが認められ、少年自身も深く悔悟し堅く将来を誓つていることは明らかであり、少年が一七歳に満たない年少であることこれまでの非行歴にもかかわらず一度も保護観察処分を受けていないことなどを考え合せると、所論の如く少年に対する本件処分は保護観察処分が相当ではないかと思われないこともない。

しかし、少年は小、中学時代において菓子屋で万引を犯し、特に中学二年後期以後において昭和三九年三月○○日から同年四月○日までの間ノート、食料品をはじめ、遂には現金まで盗取するにおよび福岡家庭裁判所久留米支部において同年七月二八日審判の結果不処分となつたが、前記非行に引き続き同年一〇月○○日までの間婦人の下ばきを多数枚盗み、昭和四〇年四月八日前同裁判所において児童相談所長送致決定を受けたが、またも原決定の示すとおり昭和四一年六月○○日○本○次方において煙草ハイライト一個およびカフスボタン二個を窃取した外○本藤○郎方外三個所において七回にわたり現金七、七〇〇円位およびトランジスターラジオ一台を窃取したもので犯行の反覆は習癖を推測せしめるものがある。本件非行は所論の如く一件の軽微な犯行ではなく、原決定の示す非行事実のとおりであり、これは本件少年保護事件記録により優に認定しうるところである。そして、右犯行の動機が道路交通法違反事件の罰金二三、〇〇〇円の納付に窮したこともさることながら、映画飲食など遊興快楽に費用がかさみ小遣いに困つていたことが根本的動機であり、本件は他人と共同計画の上で犯すような犯罪でなくても、快楽欲求の支配下に知能低格、情意未熟のもとにその非行の根は深く、右情意未熟は本人の性格形成時における保護者の病弱その他生活に追われて訓育をおろそかにしたためであり、現在家庭環境においても実兄M・O方に起居するようになつて改善を期待しえたにもかかわらず犯行が繰り返され、またその間学校教師、児童福祉司、家庭裁判所調査官等の努力も遂にその効を奏しなかつたことは本人の資質の面において、かなりの問題があることを示すものであつて、所論素行、補導申出者のあることを考慮にいれても、在宅保護による矯正の困難を示すものといわざるをえない。社会性、情性を涵養し、忍耐と自主独立の精神責任感を身についたものとして取得させる等社会適応のための強い教育が望ましい。すると、原裁判所が前示のような鑑別および調査者意見にもかかわらず、これを採らずあえて少年を初等少年院に送致する決定をしたことは決してその処分著しく不当というをえないであつて、本件抗告は理由がない。

よつて少年法第三三条第一項、少年審判規則第五〇条に則り本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡林次郎 裁判官 山本茂 裁判官 生田謙二)

参考二

抗告申立書

少年 M・T

昭和二四年一二月一二日生

右少年に対し御庁昭和四一年少第一四九〇号少年窃盗保護事件について、昭和四一年七月二二日初等少年院送致の決定がなされたが、この決定に対し不服でありますので抗告の申立を致します。

昭和四一年七月二八日

右少年附添人弁護士 井上茂<印>

福岡高等裁判所御中

参考三

陳述書

少年 M・T

右少年に対する福岡家庭裁判所久留米支部昭和四一年少第一四九〇号少年窃盗保護抗告事件について、左の如く陳述致します。

一、原裁判所は昭和四一年七月二二日、一〇ヶ月間、初等少年院に送致する旨の決定を為されたのであるところ、本件の対照事件は昭和四一年六月○○日、○本○次方にてハイライト一個、及ワイシヤツのカフスボタン一組を窃取したという事実にして、且つ右被害物件は所有者に還付されている。

而て右事件の動機は、昭和四一年六月二日久留米簡易裁判所で道路交通法違反事件(無免許運転)について言渡された罰金二万三、〇〇〇円を親兄姉等の世話にならないで納付するための金策に窮した結果に在る。

因つて一〇月の少年院送致は重きに失するものと思料する。

二、更らに自由短期刑の執行が本人に及ぼす影響を考慮するとき、右少年に対しては保護観察に付するを相当と思料される。

三、右少年は業務については誠実に処置し、これを使役する実兄M・Oが全幅の信用を為しいるものにして、その素行について昭和四一年六月二四日付、筑後警察署作成の供述調査は事実を記録されてないもののように推察される。

実兄M・Oより受領する毎月の給料は、右少年は受給日に給料袋の儘、母M・M子に渡し、母M・M子はこの内より小使として金二、〇〇〇円を取り去り供与していたもので、この点に関する供述調書の記載事項は全く事実に反するものである。

その他も亦、詳細に調査すれば右と同様の結果が明となることが洞察されるものである。

四、筑後市議会議員○川○夫は右少年の住居と一〇〇米位を距る○○○に居住する地元有志であり、右少年の家庭の者はいろいろと世話を受けてきたのであるところ、右少年について、特に面倒を見てやろうとの申出でもあるので、保護司及これ等有志の保護観察に頼ることが右少年を矯正するに適切な手法と思料する。

五、歎願書を添付して原審決定取消、再審判を願う次第であります。

昭和四一年八月二日

附添人 井上茂<印>

福岡高等裁判所御中

参考4 少年調査票<省略>

参考5 鑑別結果通知書<省略>

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